『ガーベラ』 佐久鬼
「鬼道さん、どうしたんですか?いきなり」
「あっ、佐久間」
ケイタイに、今から会えないかとメールがきて、ここまで走ってきたので、息がきれている。
外はもうすぐ夜になる時間で、空もオレンジというよりは、青みがかってきている。
まだ少し寒いけど、走ってきた直後なので、手足の先までぽかぽかしていた。
鬼道さんは、堤防の土手のところに、ちょこんと座っていた。
俺をみて、力なく笑う。
「いや、別に用という用はない」
いつもの表情に戻る。
でも、なんだか無性によくない気がして、俺もとなりに腰掛けた。
「別に用なんでなくっても、呼んでくれていいんですけどね!」
返事はない。
水面がキラキラとしている。
時間も時間なので、楽しそうに帰っていく子供たちなんかをぼーっと二人で見てた。
でも、なんとなく、こうして今一緒にいるってことが大切だってことはわかった。
「最近」
どれくらいたったのかわからなかったけど、口を開いたのは鬼道さんだった。
「よくわからないんだ。
監督のことも、チームのことも、これからどうしたらいいのかということも……」
「……はい」
「いままでは、自分自身はもちろん強くなる必要があるが、それ以外は、相手のことや仲間のことをよく考え、そして、的確な指示を出す。
それが一番大切だと思ってきた。
だが、最近、それではいけないような気がして……。
でも、それ以外に、何をしたらいいのか、わからないんだ」
鬼道さんでも、そんなこと考えるんだ。
ぽつりぽつりとつぶやくようにでてくる言葉の一つ一つを聞いていく。
俺はただ、今まですごく遠いところにいて、自分とはまったく違う考えをしているんだと思っていた。
でも、普通にそういうこと考えるんだって思って、落ち込んでる鬼道さんには本当に申し訳ないと思うけど、なんだかうれしかった。
本当に申し訳ないけど。
「こんなこと、おまえに言ってもしょうがないよな」
フと、声のトーンがあがる。
「いえ、俺、聞くことくらいしかできないですけど……」
顔を上げたら、目が合った。
「ここのとこ、ずっと考えてたんだ」
「はい」
「そして、ふと、お前に会いたくなった」
胸がぎゅっと、大きな何かにつかまれたかと思った。
ぎゅっと。
息をのんだ。
それって、俺のこと、必要としてくれてるってことですか?
俺のこと、頼ってくれてるってことですか。
俺のこと!!!
鼻の奥がツーンとした。
思わず、大きく息を吸い込む。
ここで、泣くとか、ありえないし。
「いきなり呼び出して悪かったな」
「ぜんぜんっ!!」
「別に、お前にいってもどうにかなるとか、そんなことは思ってないんだ。
ただ……いや、なんでもない。
すまないな」
「あの、俺っ!!
謝ってもらう必要とか、まったくなくって!!
なんにも力になれないし、何かいいことも言えないんですけど!!
それでも、今、すっごくうれしいんです」
「お前、何泣いてるんだ」
話してる途中で、ボロボロと涙が出てきた。
瞬きをするたび、涙のつぶが落ちていく。
「すみません。
俺も、なんかよくわかんないんですけど……うれしくって」
思わず手をぎゅっと握った。
鬼道さんの手は冷たかった。
「鬼道さんっ!
俺をもっと頼ってください。
あの、そんなに力になれないかもしれないですけど、でも、それでも頼ってください。
今、本当に、自分でも鬼道さんの力になれるのかもって、すごく、すっごくうれしいんです」
ぬぐう暇なく涙はほほを伝って落ちていく。
胸の中があたたかくて、本当にどうにかなってしまう。
「俺!!
俺は絶対に鬼道さんの味方ですから!!
あの、そういう話じゃないかもしれませんけどっ!
俺がいます。
俺、どんなんでも、ついていきますからぁ」
だんだんわけわからなくなってきて、ひざに頭をうずめた。
「佐久間」
覗き込む鬼道さんの顔。
額がつきそうだ。
「……ありがとな」
声、震えてた。
頭をあげたら、額がついた。
至近距離でみたら、ゴーグルの中の目がうっすら見える。
……泣いてる?
「鬼道さんっ?」
「今は、こっちみるな」
「あの、ゴーグル取っても……」
「今は、絶対にだめだ!!」
はなをすする。
まだ、意味もなく涙でそうだ。
「……本当に、俺いつでも駆けつけますから」
「ああ」
「……走ってきます」
「うん」
「できることがあったら言ってくださいね。
なんでも」
ぎゅっと手に力をこめる。
「鬼道さんのこと、大好きなんです」
ぎゅっと抱きしめられた。
体操座りがくずれて、倒れないように必死、いや、そんなことは関係なくて。
背中に回された手があたたかくて、というか、熱くて。
自分の肩に鬼道さんの頭がのっている。
「よく、わかった」
ぜったい、泣いてる。
俺も、理由なくわんわん泣きそうなのをこらえて、ぎゅっと抱きしめ返す。
鬼道さんのマント、俺の涙で汚れるな。
「俺は良いチームメイトをもって、幸せだ」
「俺もっ、おれもっ」
あなたに出会えてよかったです。
って、口に出そうとしたけど、しゃっくりでまともに話せない。
ヒックヒック痙攣する俺の頭をゆっくりと鬼道さんの手がなでる。
今、それは逆効果です。
けどっ!
どうしようもなく、うれしいんです。
こんなに、泣くことができるんだっていうくらいなにもかもくちゃくちゃになるようなひどい泣き顔だと思う。
もう、何もいえなくて、ただただ顔をうずめて、ぎゅって抱きしめた。
嗚咽がしゃっくりになって、息もととのって、ようやく普通に話せるようになってから、ようやく離れた。
これじゃ、相談したのが、どっちかわかんないな。
恥ずかしくなって、顔を背ける。
目も腫れてるし。
だいぶ、暗くなってて本当によかった。
「帰るか」
「はい」
てくてく帰るよ。
二人で。
「今日はすまなかったな」
「いえ、俺のほうこそ……」
わかれ道だ。
鬼道さんは、
「またメールするな」
といって、少し照れたように、それでも不適に笑った。
俺は何度もうなづいた。
何度も。
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スピッツの『ガーベラ』を聞いてたら、ふたりでわんわんしてるのが想像ついて、耐え切れなくてやった。
オチはない。