星の夜の話
その日はよく晴れた日で、いつもよりもずっときれいに星が見えた。
ヒロトはこんな日に天体観測を円堂と行うことができて、それだけでとても幸せな気持ちになれた。
自宅に招き、屋根の一部がガラスになっており、星が見えるようになっている自分の部屋に円堂を招きいれた。
春の夜はまだ寒く、寝巻きの上にブランケットを羽織り、その小さな窓から広がる星空を壁にもたれて円堂は眺めていた。
「はいっ、円堂くん。
牛乳を多めにしておいたよ」
長い夜のお供に入れたコーヒー牛乳のマグカップを円堂に渡す。
「ありがとな、ヒロト」
屈託なく笑う円堂を見ると、それだけで胸の中が暖かくなるのを感じた。
ヒロトは円堂の隣に座り、用意していたブランケットに同じようにくるまった。
触れ合った肩と肩から互いのぬくもりを感じながら、湯気の立つカップの中身をすすった。
円堂もそれをまねて、その味を確かめ、ヒロトをみて微笑んだ。
「ヒロトの部屋っておもしろいな」
ガラス窓からはいまにも落ちてきそうな星の輝き。
「そうかな……。
でも、小さなころからこうやって、ここに座って、こうやって星を見るのがすきだったんだ」
いつも一人だった過去を思い出す。
そして、すぐにいまはここにほかでもない円堂と一緒にいることができているということに気づき、妙に意識をしてしまったヒロトははずかしくなり、コップの中身を大きくあおった。
円堂くんに気づかれてないかな・・・・・・。
横顔を伺いみたが、特にこちらを意識してはおらず、その鈍感さにヒロトは胸をなでおろした。
「無理やり誘ってしまって、ごめんね。
円堂くん、こういうの興味なかったでしょ?」
サッカーバカという言葉が一番ぴったりくる円堂がじっと空を見ることに興ずるなんて、想像できなかった。
「ん?
どうして、ヒロトがあやまるんだよ」
円堂はヒロトの意図がわからず、首をかしげる。
「いや、俺の趣味に無理やり付き合わせてしまったかなって……」
「ヒロトの好きなことなんだろ?
どんなことが好きなのか知りたいから、無理やりなんて思ったことないけどな」
円堂の裏のない発言を聞いて、ヒロトは口元が緩むのを感じた。
よかった、今日誘って。
数日前に勇気を出してメールして自分をほめてやりたい気持ちになった。
FFIが終わり、それぞれの中学に戻って、一ヶ月ほどたった。
エイリアン学園として試合した後、すぐに大会が始まり、大会期間中はずっと円堂と一緒にいたから、急に会えなくなるということがこんなにも寂しい気持ちにさせるなんて、想像できなかった。
しかも、円堂にとって自分はただの友人の一人で、特別な存在ではなくて、学校も違うから特別な理由がないと会うこともできない。
円堂にとっての特別な人になりたいなんて、そんなことは考えたことなかった。
ただ、会えるだけでよかったんだ。
だから。
「ヒロトからメールがきた時はびっくりしたけど、うれしかった。
久しぶりだよな、こうやって話すの」
「うん」
それがお世辞でもうれしい。
円堂が快く承諾してくれたことに改めてヒロトは感謝した。
「円堂くん、あの星の固まり、わかるかな、アレがね……」
ヒロトは四角い窓から見える星空を指差し、自分の知識をひとつづつ伝えていった。
月明かりも星の明かりもやさしい。
夜の空はまるで吸い込まれていくかのようで。
同じ空間に円堂がいる、それだけのことがとっても心地いい。
なによりも、同じことを共有できていることがうれしかった。
ヒロトは隣で星を眺める円堂を見て、どうして自分にとってこんなにも特別な存在なのだろうかと考えた。
自分を救ってくれたから?
いつも前向きで決してあきらめないから?
純粋に顔が好きということも言えるかもしれない。
理由ならいくつでもあげることができる。
でも、そのどれもが一番の理由になることはなかった。
理屈じゃない。
ただ、円堂くんのことが好きなんだ。
何度目かの自問自答の結果。
そして、改めて、隣に座る円堂の姿を見た。
いつもだったら、どんなに長い時間であっても星空を眺めていれるのに、気づけば円堂ばかり目で追っている自分自身に苦笑した。
そして、ふと、円堂の床に置かれた手を見て
(手をつなぎたいな)
と、思った。
いきなり手を握ったりしたら、どう考えても気持ち悪がられる。
「ヒロト」
「えっ」
名前を呼ばれる。
そして、顔を上げるよりも早く円堂はぎゅっとヒロトの手をとった。
あったかい。
みんなを受け止める円堂くんの手だ……。
その手が自分の手を握っている。
それを理解した瞬間、ヒロトは急速に体温があがっていくのがわかった。
心臓がドキドキと早鐘のようになる。
恥ずかしくて円堂の顔がみれず、その意図も理解できなかった。
まさか、さっきまで思っていたことが無意識に口からもれていたのだろうか?
そんなはずはないと理解していても、そう思わずにはいられなかった。
ほほが赤くなっているのがわかる。
何よりもヒロトを混乱させたのは、離されることなく握られたままになっている左手の存在だった。
「なんっ、で」
「こうしたいのかと思って」
円堂はやさしくそう言うと、今度は手を持ち替え、指と指を絡めるように手をつなぎなおした。
なんで?
どうして?
疑問だけはわいてくるのに、それを口に出すことができない。
ただいまできることといえば、うつむき、その手の存在を感じることだけだった。
そして、自分自身に何がおきているのかということについて、懸命に考えた。
……こうしたかったけど。
「……ヒロト、ちょっと泣きそうな顔になってるぞ?」
誰のせいだと。
と、言えたら楽なのに。
心臓が早く早く早く動く。
「円堂くんっ!」
思わず名前を呼んでみた後で、続く言葉がないことに気づく。
しかし、そんな事情は知らず、円堂はじっとヒロトを見ている。
「あの……誰とでも……こんなこと、するの?」
口に出した後に失言に気づく。
自分は何を聞いて……。
こんな、まるで!
「しない」
予想外の返答に、さらにどう反応していいのか、ヒロトはわからなくなった。
こんなことを言われたら、余計な期待をしてしまう。
嫌われたりしないように、友達でいいと思っていたのに。
その自制がきかなくなる。
「ヒロトは?」
「しないよ!
円堂くんだからっ」
どうしよう、言ってしまおうか。
言って……。
「……だって、円堂くんが……好き…だから」
口にだしたとたんに後悔した。
ヒロトは上半身を起こすと、訂正するための言葉を捜した。
そして何よりも円堂の反応を待った。
しかし、もうどんな言葉も無意味であるということを理解していたので、余すことなく自分の気持ちも吐き出すことにした。
無言の空気に堪えられなかった。
「今日だって、円堂くんと会いたかったから、こうやって……ごめん、気持ち悪いよね。
でも、一緒にいたかったんだ」
相手の反論が怖くて早口になる。
「ごめんっ、本当にごめ……」
すべてを言い終わる前に、ヒロトはその体をぎゅっと抱きしめられた。
「なんで謝るんだよ!
すっげぇうれしいのに」
痛いほど自分の体を抱きしめているのが円堂の腕であるということに気づく。
「俺だってヒロトに会いたかった。
だから今日だって楽しみにしてたし、できればもっと頻繁に会いたいって思ってるし」
「俺も!」
「俺だって、ヒロトのことが好きだ」
腕の力がます。
しかし、これが現実であるとヒロトにはどうしても思えなかった。
「円堂くんが思っていることは、きっと僕とは違うよ」
「違わない」
そういった後、唇に何かが触れたことに気づいた。
それが円堂の唇であったということを理解するのに、それほど時間はいらない。
「こういうことだろ?
違うか?」
「まさか、ヒロトが気を失うとは思わなかったな」
「だって……円堂くんが……」
さっきのは夢だったといわれれば、いくらでも信じてしまえそうだとヒロトは思った。
しかし、当の本人が平気な顔で隣に座っているので、改めて夢じゃなかったんだと、実感する。
「明日になったらまた会えなくなるんだな」
「うん……そうだね」
相変わらず心臓はドキドキと忙しい。
平気そうにしている円堂を見て、やはり同じ気持ちでいるということが信じられないとヒロトは思った。
「そうだ!
まだまだ先のことだけど、ヒロト!
高校を同じとこにしようぜ!
そしたら、また毎日会えるだろ!」
「えっ、うんっ!
そうだね、高校かぁ、楽しみだね」
そのころまでには少しは免疫がついているといいな。
ヒロトははやる胸を押さえ、小さくそう願った。