『青い部屋』(真帝国戦直後の佐久間と鬼道)
白い白い闇の中にいた。
漂っていた。
意識が、すっと一つに収束していく。
長いことあけることを忘れていたまぶたをあける。
目やにの張り付いたまつげが、億劫そうに離れていく。
うっすらと。
意識が一つに覚醒されていった。
暗い。
夜、だ。
病院?
そう思った瞬間、佐久間は全身からわきあがる痛みを感じた。
うわっ……うわっ、なんだこれっ?!
いたっ……いたいよ。
全身のパーツがバラバラでそれぞれが自分勝手に悲鳴をあげている。
もはや、どこが痛いとか、何が痛いとか、そういう問題ではなかった。
混乱する頭が痛覚だけを自覚する。
痛い。
いたい。
どうしてっ?!
「あっ」
思い出した。
俺、そうだ……。
力を求めて。
大切な人を裏切って。
自分の体すらどうでもよくって。
ただ……。
ただ、俺は。
「佐久間?」
声がした方に目を泳がせる。
見なくてもわかる。
「鬼、道っ……」
簡易なイスに腕を組んで座っていた。
寝ていたのかもしれない。
「気づいたのか?」
珍しくやさしく笑いながら、鬼道は服のしわを払い、佐久間のベットの横へきた。
「お前、丸一日以上寝ていたんだぞ」
思い出す。
思い出す。
思い出す。
自分が、この人に何をしたのかを。
「鬼道っ、お前っ、、、どうしてっ……」
息をするたび、体中が痛い。
酸素で上下する肺すら、にぶくにぶく、痛みを与えてくる。
それでも、寝たままではいたくなくて、体を起こそうと努力した。
「無理するな」
体重をのせたら、ずるっとすべった佐久間の腕を捕まえ、鬼道はその上半身を起こしてやった。
「はぁ……っ、はぁ」
だったそれだけなのに、体中が悲鳴をあげた。
でも、今はそれが心地よかった。
もし、体が痛くなければ、自分の心の痛みで、消えてしまいたかったに違いない。
俺は、何をした。
俺は……。
「体、痛むのか?」
青い病室。
窓から降り注ぐ満月の光が、白く、青く、照らしていた。
「……ああ」
これ以上、何も言えない。
自分のことを心配してくれて、こうして、きっとついていてくれたんだ。
そのやさしさが嬉しい。
それと同時に、自分のエゴで傷つけた事実が、襲い来る。
「鬼道」
「どうした?」
思い出す。
思い出す。
思い出す。
自分が何をしたのかを。
胸が痛い。
「ごめん」
口から言葉が出るのと、同時に涙腺が開いた。
ぼろぼろと頬をつたって落ちていく。
その涙をぬぐうことすら、壊れかけの体ではまともにできなくて、ただ流れるに任せた。
「ごめん。
ごめん、ごめっ……はぁっ……うっ……ご、ごめっ」
「お前があやまる必要はない!
謝るべきだとすれば、俺の方だ」
首を振る。
弱く。
俺は待つことができたはずだ。
俺は真意を汲んで応援することができたはずだ。
俺は一番嫌がる方法で裏切る必要はなかった。
その理由は一つだ。
「鬼道は、悪くな……い。、
俺が。
俺がっ……!!」
思い出す。
ボールを蹴り付け、罵声を浴びさせたことを。
俺を守ろうと伸ばした手を振り払ったことを。
「俺が……ひっ……く……自分、勝手、だったんだ……。
俺がぁ。
……俺。鬼道と……同じところを、見たかった。
お前を裏切っても……。
お前に認められたかった」
「佐久間!!」
抱きしめられた。
やさしく。
あったかい。
外からの力で、体は痛い、痛いと叫ぶけど、そのぬくもりに佐久間は嗚咽を漏らした。
「俺は、鬼道に、必要とされたかった。
俺の力が……俺だからって、必要……と……されたかった……」
「必要としてる!
だから……」
いつも後ろ姿を見ていた。
名前を呼べば振り返ってくれるって知ってたけど、隣を一緒に走りたかったんだ。
だから。
力に溺れた、それはただの俺のエゴだ。
痛い。
痛いよ。
頬からつたい流れる涙が、鬼道の肩を濡らしていく。
「佐久間。
お前は、本当に悪くない。
帝国のキャプテンでとして、俺が……」
声が震えている。
言葉に詰まる。
お互いの気持ちは平行線でいつまでたっても終わりが見えない。
話すこしはなくて、ただ、言葉のない空間で互いの体の温度だけを確かめていた。
ふと、佐久間のひじが腹に触れたのか、鬼道は顔をしかめた。
「腹、痛いのか?」
「あぁ、お前のキック力上がっていたからな」
皮肉っぽく笑う。
さっきまでの空気を払うためだ。
バカでもわかる。
「見せて」
「必要ない」
鬼道の目をじっと見つめる。
根負けしたのは、相手が先だった。
「わかったよ」
鬼道は、ゆっくりと服のすそを持ち上げた。
月光が肌の上へ落ちていく。
ぬめるような白さだと思った。
そして、腹部にはっきりと青黒く変色した箇所見えた。
俺がやったやつだ。
ぼんやりとした意識で思い出す。
「鬼道、肌白いんだな」
「こんなところ、やけるところではないだろ」
まだ新しいその痣の輪郭は、ぼやけていない。
「触ってもいいか」
返事は待たない。
意思でコントロールが難しい腕を伸ばして、触れる。
産毛をなでた。
鬼道が少し顔をしかめる。
皮膚だ。
やわらかい弾力を持ったそれ。
そこにこの後をつけたのは、俺だ。
凝視していた視線を上に上げ、鬼道の目を見る。
ハッとした。
笑っていたからだ。
「これはすぐに消えるからな」
意図がよくわからない。
「謝るなよ」
鬼道は佐久間の片手を両手でつかむと、そこに己の額を寄せた。
「すぐに回復する。
こんなあと、すぐに消える。
だから、お前も早く体治せよ。
絶対に治るんだからな」
ぐっと、手に力がこめられる。
いたいよ。
「そして……また一緒に…サッカーをやろう。
佐久間」
いたいよ。
いたいよ、胸がいたくて、じくじくと暖かくて。
「……はいっ」
涙を拭くものはない。
たぶん、鬼道は俺の考えていることを全部わかっていて、それでも許してくれていて、その状況をつくってしまった自分を責めている。
そして、俺はどこまでわかっているから、自分が許せないでいた。
青い部屋。
月光。
白い光。
それらに包まれながら、体中が叫ぶ痛みを感じていた。
「佐久間」
名前を呼ばれる。
「はい」
それに答える。
「まってるからな」
胸がいたい。
この人のために体を治して、そして、この人のためにまたサッカーをしようと思った。
そうすることで、鬼道の罪の意識が消えるなら。
「はい」
また、追いつけない世界へ投げ込まれる。
ずっと俺は後ろを追いかけていく。
今度はもう迷わない。
---------------------------------------------------------------
この二人が好きすぎて、どうしていいかたまにわかんない。
私、佐久間を幸せにしたいから、佐久鬼好きだなーと思うときある。